2ntブログ
情報の真偽は自己責任☆
2005年11月23日 (水)
暗い通路。一面の暗闇で先が見えない。
ひんやりと湿った空気を感じながら壁に手をやるとざらついた感触。
階段の段差を下りる度に靴裏が擦れる感触もざらついた無機質なもの。
一面コンクリートで覆われているのだろう。
そこを降りる影。
煙草の仄かな灯りが照らす黒髪の短髪が紫煙を纏っている男。
霜咲だ。
その顔は相変わらずうんざりしている。


今回の仕事のターゲットである教祖を始末した後、微かに耳にした音。
その音の正体を調べるため、教祖の血で赤く濡れた部屋を物色すると腑に落ちないものがいくつかあった。

ハードカバーの厚手の聖書や本で満たされた本棚。
その中の数冊がやけに手垢で汚れている。
手に取ってみると背表紙だけでなくカバーも痛みが激しい。
まるで何度も出し入れされて擦り切れたかのように。
霜咲は本の中身を捲りながら煙草一本の時間考え、その本の順番を並び替えて入れ直す。
本の順番は書かれているタイトルが起こった時代の古い順番。
神により天地が出来、動物が作られ、最初の人が作られ、人が増え、栄え、塔を建て、洪水が起こる。

聖書に書かれた人類の歴史だ。

民話を元にしたものか、土地の伝承を元にしたものか、実際に体験したものの口伝か。

それは今となってはわからない伝説。


本を入れ終えると噛みあった音を立て、棚が下がる。
本の重みが鍵というわけか、入れ直した棚という棚がスライドする。
いや、棚だけではない。複数の本棚が床を敷かれたレールを滑るかのように動く。
床に散らばった教祖のパーツを物ともせず、本棚が動き、止まる。
部屋の両側に避けるように再配置された先にあるものは扉だ。

そして、霜咲は音の正体を調べるため扉を抜け階段を下っている。
金持ちはなんでこうも隠し部屋や妙な仕掛けを作りたがるんだか。
よっぽど暇と金があるんだろう。
毎度謎を解くこっちの身になって欲しい。あっちは暇人かもしれないが依頼の度に付き合わされるこっちはたまったもんじゃない。
霜咲は悪態をつき歩を止める。
部屋の奥。光が全く射さない暗闇でも長く居ればなれるものだ。
目の前には扉がある。

おもむろに触れてみると最初は柔らかいが直ぐに硬い感触を返してくる。材質は木製か。
金持ちの道楽。この中に一体何が待っているか。少しは退屈しのぎになればいいが。

扉が開く。

闇の中の闇。

霜咲は銃口を向け、紫煙をふかす。
何か居る、と肌で感じそれが何であるか眼を凝らす。


人影? 微かに聞こえる息遣いと衣擦れの音。
人影が少し先の位置に腰掛けている。






「誰?」





彼が問う前に声がした。
声からすると女か。
こんなところに何故女がいるんだ。
教祖の愛人か。
その類の話もいくつかあったが態々こんな場所に入れておく必要もない。
いっそ哀願奴隷なら牢屋のほうが似合ってる。
霜咲が愁眉を浮かべ銃把を握る。





「血の臭い……」





教祖を殺した時の返り血のせいか。
人影が放つ声は憂いのあるものだ。





「――そう……、父は死んだのですね」





父? 教祖、杉村秀平には娘がいたのか。

そんな話全く知らない。
杉村に家族がいるなんてどの筋からも話に上がらなかった。
愛人の名は何人も上がったが実の娘がいるなんてどういうことだ。
だから、霜咲は問う。





「お前、教祖の娘か? 何故こんなところにいる?」





霜咲の低い声に答えが返る。言葉ではなく光で。
暗闇が明るくなる。
柔らかい踊るようなランプの灯火。
人影と霜咲の影が部屋壁に映る。





「ええ、私は美知、杉村美知。


――杉村秀平の娘です」





燐とした響きで彼女が答える。
小柄な線の細そうな体型に白いガウンを羽織った少女がこちらを向いて座っている。





「眼暗か」





霜咲が紫煙を吐き出しながら呟く。
彼女は眼を閉じたまま、はい、と答え、





「生まれて直ぐ見えなくなったと父は言ってました。


物心ついたときには見えなかったので最初から見えなかったようなものですが」





美知は特に気にしても無いという風に平然と言う。
自分の父親が殺された霜咲の手で殺されたにも関わらず、動揺が見られない。





「眼が見えなければ不便だろ?

実際、お前の今の状況とか」





「いえ、眼が見えないってことはそれほど不便じゃないです」





「そうか? 今どうなっているか教えてやろうか?」





霜咲が撃鉄を起こし、





「今、お前は俺に殺される」





沈黙。

部屋の空気が凍りつく。霜咲が身を刺す殺気を美知に向けたからだ。沈黙が破られる。

しかし、破り手は美知だ。





「大丈夫です。そうはなりません」





「はっ、何言ってる? 俺はお前の父親を殺したんだぞ。

できないと思っているのか?」





平然と答えた美知に霜咲は鼻で笑う。





「俺が今まで何人殺ってきたと思ってる? 
その中にはお前ぐらいのヤツもいたんだぞ。数え切れないぐらいな」





それでも、美知はそう前置きし、
ランプにそっと手を伸ばし手繰り寄せ膝の上に置く。





「あなたはそういう人じゃないでしょ? 
口では酷いこと言っていても本当は……」





ランプを撫でながら悲しそうに美知は続ける。





「私の父は殺されて当然の人でした」





一息。





「でも、父は病弱で眼が見えなかった私のために雨の日も風の日も、朝晩問わず働いて養ってくれました。


当時、母は私を生んだ時に他界していたので男手一つで育てられましたが楽しい日だったと思います。


いつまでも続くと思っていたそんなある夜、私は高熱を出しました。


――流行病というやつだったのでしょう。


街では風邪に似たそれで患う人が多く病院はどこもいっぱいで父が私を抱えて走り回ったそうです。


何件も、町に無ければ隣町まで、そこに無ければ次の町まで。


――それでも何処へ行っても空いた病院は見つからなかった。


幼い私は父の腕の中、どんどん弱っていく。


父はどうしたらいいかと悩んだそうです。


――そして、別の病院に向かう途中。


日々の過労とあちこち駆け回った疲れで意識を失いました。


腕の中で私のか細い声を聞きながら」





「で、続きは?」





と霜咲が相変わらずつまらなそうに促す。

ええ、と美知が頷く。





「父が眼を覚ました時、教会に居たそうです。


寂れたあちこちが痛みステンドガラスの一部が砕けた教会。


その壇上で私が寝息を立ててたそうです。熱は嘘のように引いていて安らかに……」





「そして、お前と教祖は神を信じるようになったってわけだ。


よくあるベタな話だな。で、オチは?」





霜咲がからかってみせる。相変わらず神なんて信じないと小馬鹿にしながら。

しかし、美知は別に気にしない。





「はい、私と父は布教を始めました。その教会を建て直してコツコツと」





「とんだコツコツだな。


そんなボロ教会が今となっては国を牛耳る新興宗教だ。


何でもありの悪どいペテンでな。


だから、秀平は殺された。いや、俺が殺したって言うほうが正確か」






はっ、と霜咲は鼻の先で笑う。




「予言なんてのはインチキだろ? 


もしそんなもんがあるんなら競馬でも行ったほうが儲かるぜ」





美知が黙る。軽く唇を噛む。

気丈を装っているが所詮女だ。
しかも、見えないとはいえ銃を向けられていつ殺されてもおかしくない。
そんな状況でこれだけ言えるなんてたいしたものか。





「――違います。予言は本当にあるんです……」





あ? 霜咲が再び美知を睨む。





「父が教祖としてここまでこれたのは予言のおかげです。


そして、今日殺されることも既に決まってました」





「な、何馬鹿言ってんだ?


 死ぬことがわかってたって。こりゃおもしれぇ。


だったら前もって逃げるか、殺す相手の俺をどうにかすりゃいいのに。犬死だな」




霜咲が肩を震わせて笑う。

だが、美知は気にしない。

それが事実というように淡々と呟く。





「私には視えるんです……


そのものの未来が。どこでどうなるか。


どういった運命を辿り、


――死ぬか……」





飛んだ電波系だ。
話にならない。
未来が見える?
予知できる?
一体何処に根拠がある。
未来予知なんて大概が嘘だ。
前もって何枚も紙に"災害"について書いておき、たまたまそれが起こったときに
あたかも予言通りのようにこじつけたり、どうとでも解釈できるように当たり障りの無いことを言うものが予言だ。





「未来が見える? だったら、俺の未来も言ってみな? 俺がこれからどうなるか。そして、お前がどうなるかな!?」





霜咲が嘲る。美知は辛そうな表情を浮かべランプを机に戻す。




「わかりました。





私が視えていたもの。




――そう、あなたに会った時から見ていたものを伝えます」





一息。





「まず、私の予言ですが、完璧じゃありません。


私が実際に見た物の未来を視ることはできます。


でも、見たものに対して起こることはシルエットでしかわかりません。


例えば、父が銃で頭部を吹き飛ばされて殺される。


殺され方と、その日時が分かっていても場所と人は私が実際に見たもの以外は全て黒塗りのシルエットが映るだけ。


だから、あなたが殺すなんて私はわからなかったんです。霜咲廣威さん」





何故俺の名前を? と霜咲は驚くが表情にも声にも出さない。
口にすれば相手の思うツボだ。
予言にしろ、教祖を殺したことを誰かがコイツに教えたのかもしれない。





「ああ、わかった。そのシルエットが俺をどうするんだ? 


俺の死に場所は腹上死って決めてるが」





霜咲は服から次の煙草を出し、火をつける。





「あなたは――――」





少女が不意に言葉を止め柳眉を寄せて両肩を抱く。
そして、押し黙る。
静寂が訪れた部屋の中、紫煙が鼻腔を擽る。
少女は動かない。
何か怖いものでも見たかのように、





「俺がどうしたんだ? もったいぶらずに早く言えよ」





はぁ、と美知が大きく溜息をつき、深く荒い息へと変わる。
息も絶え絶えと言った具合に。





「――あなたは、これから大変な目に合います。


何度も何度も、常識では考えられないことが起こりあなたを苦しめる。


でも、その原因はあなたは分からない。


喩え、分かったとしてもそれは止まらない。


それが定め……」





「定め……?」





霜咲はふと、気になったそれに声を出す。
美知は細い肩を強く握り身をちぢ込め、苦悶の表情を上げ小刻みに痙攣する。
トランス状態というやつか。
死に際の痙攣や死後硬直なら腐るほど見てきたがトランス状態はあまりない。
事前に薬や踊りで催眠状態になっての自称霊媒師のトランスは何度か見たが。





「――そう、定め……業深きもの。


過去、現世、未来での咎人。


あなたも……、私も……、それ故に留まれない。


留まることを知らない。いつの世も流れ行く。


土の器に収まらず、別の器へと移ろう光。


止めることも抗うこともできずただ移ろい歩く魂。


罪と罰に苛まれ翻弄されるだけの存在。


――それがあなたの未来」




一瞬、思考が止まる。
霜咲は美知が言ったことを反芻する。
言葉の意味を。

ふぅ、と息を吐く。





「ああ、悪い。


なんか凄そうな未来だが漠然とし過ぎてわかんねぇわ。


どうとでも意味が取れそうだしな」





そうですか、と美知は荒い息を落ち着ける。





「ごめんなさい。これがあなたに視えた未来。


私にも漠然としすぎてわかりません。


ただ――」





美知は閉じた眼で霜咲を見る。





「あなたが無理をしているせいかもしれませんね、廣威さん」





「一体俺が何を無理してるって? 


俺は欲しいもののために平気で人を殺す。


女子供関係なくな。


何も我慢することなんてない。


この世は弱肉強食。強いものが生き、弱いものが死ぬ。


死にたくない弱者は強者の作った牧場で騙され続けて生きてりゃいい。


少なくとも俺は強者だ。


お前ら弱者の生殺与奪は俺の匙加減一つだ。


そんな俺が何を無理するんだ?」





「ええ、無理してますとも。


口ではそう言ってますし、頭でも理解しようとしている。


でも――」





彼女は言葉を区切り、霜咲を見る。





「心までは騙せませんよ。


あなたが殺すと言う度、あなたの心の灯火が揺らぐんですから」


そして、微笑む。






「眼が見えない分、視えるものは多いんです」



  To be continued……
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